はじめに
iOSエンジニアの田中です。この投稿はGoodpatch Advent Calendar 2023 25日目の記事です。
2023年、テック界隈では例年に増して話題に事欠かない1年でした。個人的にもっとも大きなトピックはやはり、長らく待望されていたAppleのXRデバイス Apple Vision Pro の登場です。
Vision Pro/visionOSに関するタイムラインを振り返ってみます。
- 6月8日 WWDC23にてVision Proが発表
- 6月下旬にvisionOS SDK(ベータ版)が公開
- 開発者がvisionOS用のアプリの新規開発や、既存アプリの移植をすることが可能になりました
- 夏以降、Apple Vision Pro developer labが開催
- 2023年12月現在、世界8拠点のひとつとして、東京でも実機を用いた検証機会が提供されています
私を含め弊社内のエンジニアは、SDK公開以後visionOSアプリ開発にチャレンジしたり、developer labへの参加をすることで、来る国内発売に向け研究を重ねています。
弊社では夏に「Vision Pro LT会」が開催され、エンジニア、デザイナーがVision ProやvisionOSについて各々の視点から考察をプレゼンテーションしました。
私もそのなかのひとりとして「ポスト・スマホ時代を君たちはどう生きるか」と題し、visionOSから垣間見た空間コンピューティング時代におけるソフトウェアデザインについて考察を述べました。
ポスト・スマホ時代、とはやや尖った表現ですが、5年10年後もスマホを握っていたいだろうか?という私なりの思いを込めたつもりです。(スマホの使いすぎか去年からたびたび手根管症候群を患っており、一刻も早く手持ちデバイスから解放されることを切望しています。)
本投稿では発表内容の一部をもとに、visionOSに関するデザイン上の基本知識や、私なりの考えを記します。
また現時点ではVision ProならびにvisionOSはパブリックには未販売・未公開であることから、NDAの都合上、公開情報のみを扱って記載いたします。
空間に溶け込むソフトウェア
これまでAppleのエコシステムにおけるソフトウェアは、現実の道具や素材を模してユーザーにソフトウェアの振る舞いを示すスキューモーフィックなデザインから、iOS 7以降でコンテンツを主体とするフラットでedge-to-edgeなデザインに移行していきました。
visionOSではこのコンテンツ主体の思想がさらに加速し、ソフトウェアの存在そのものが空間に溶け込むよう、さまざまな工夫が施されています。
Glass Material
ウィンドウはすりガラス素材を模し、ユーザー周辺の環境光に応じてアダプティブにコントラストや配色が変化します。ウィンドウそのもを不透明色とすることは非推奨となっています。 情報の階層はマテリアルの明暗によって表現します。テキストはvibrancy effectを活用することで、マテリアル背後の色相を維持し環境に溶け込みながら読みやすさを実現しています。
何でも透過させれば良いわけではなく、コンポーネントの塗り色については必要に応じ非透過色を採用することが推奨されています。
Tab bar, Ornament
タブはウィンドウの外側に配置されます。通常はアイコンだけが表示されており、ユーザーが注視した時のみタイトルが展開するふるまいをします。ユーザーがコンテンツに集中できるようミニマムにデザインされています。
またvisionOSから新たに導入されたUIコンポーネント、オーナメントは、ウィンドウ下側にはみ出して表示され、表示コンテンツに対する操作やクイックアクションを提供するツールバーとしての役割を担います。
従来のツールバーと異なる点は、オーナメントがユーザー操作に応じて表示領域を展開しうる点です。通常は操作のトリガーのみを提供し、必要時にのみより多くの操作を提供する点で、やはりミニマムなデザインの一助となっています。
こうしたミニマムな設計について私は、ウィンドウの表面積を減らすことにより、空間とソフトウェアとを融和させる工夫のひとつであると考えています。
オーナメントとは、ソフトウェアをコンテンツ主体とし、空間に溶け込ませる鍵として、ただの「飾り」以上に重要な要素として認識するべきでしょう。オーナメントに何を待避させるか、オーナメントの展開時に何を提示するのか(しないのか)、エンジニアやデザイナーにとっての腕の見せどころとなるでしょう。
ソフトウェアはインテリアに近づくのか?
こうしたデザイン思想に加えて、visionOSの興味深い仕様に、
- 自宅や職場といったユーザーの生活拠点を位置情報として認識し、
- それぞれの環境ごとに構築したworld anchorに対し、仮想コンテンツを固定・復元する
というものがあります。つまり、生活のシーンごとにコンテンツを置きっぱなしとする利用が考慮されているわけです。
従来のモバイル端末では、有限な2次元のスクリーンを、あくまでホーム画面を起点とし、アプリは使用時に限って画面を占有する、という挙動が常でした。 一方でvisionOSではアプリは空間的・時間的束縛を脱却し、無限(正確には屋内推奨)の3次元空間内に常に「在り続けられる」存在へと変容します。これこそ空間に溶け込むデザインが重視されている理由のひとつなのでしょう。
そうなった先のソフトウェアはある種、家具やインテリアに近い存在となるのでしょうか?
あくまで妄想ですが、現状秩序なく空間に配置するウィンドウも、壁やデスク、冷蔵庫といった空間に貼り付けられる未来も考えられはしないでしょうか。 実際、ARKitやRoomPlanでは周辺環境に存在する垂直・水平面を、壁や窓、各種家具といった具合に分類して識別できるため技術的な実現性は大いにあります。
使用時だけがユーザーとの直接的接点だったソフトウェアが、ユーザーのそばに在り続ける存在となると、デザインに求められるものはさらに大きくなるでしょう。さらにユーザーを取り巻く日常環境を今以上に深く理解することが、我々エンジニアやデザイナーに求められると考えています。
おわりに
最後はポエムっぽくなってしまいました。
Vision Proの販売時期については2024年初旬との公式アナウンス以上に情報はなく、米国での販売開始は2024年2月という噂が飛び交っています。また国内でも来年内に販売も開始される予定です。その時に向け、空間コンピューティングだからこその、新しいユースケースを思索・試行錯誤しながら待ちたいものです。
素敵な年末を!