
みなさん明けましておめでとうございます!デザインエンジニアの藤井(touyou)です。
年末年始、みなさんはいかがお過ごしでしたでしょうか?
自分は年末それでも僕はコードを書くという記事を出していたにも関わらず、その後Claude Codeを触る機会が増えた結果、今年に入ってからほとんどコードを書かない生活が続いています。このAI時代、人生何があるか分かりませんね(もちろんコードを書くことは依然として好きです。)
さて、そんな激動の時代の中突如AppleがApple Creator Studioというものを発表しました。
ざっくり概要をまとめると次のような形です。
- Appleが作っているクリエイティブツールを一括で利用できるようになるサブスクサービス
- 今まで個別で売られたり無料だった、Final Cut Pro、Logic Pro、Keynoteなどさまざまなアプリが含まれる
- 通常版としてこれまでのアプリも継続
- サブスクを契約しているとインテリジェンス機能などの有料機能が活用可能
これに対してSNSではさまざまな反応が上がっています。もちろん単純に喜ぶ人もいれば、一方で自分のタイムラインで目立つのはアイコンデザインの変更とLiquid Glass対応に漏れ出る不満です。
そもそもTahoeでのデザイン変更はどちらかというと不満の方が大きく、今までAppleを愛してきた人たちが批判を続けている対象でもあります。ですがAppleは我関せずと、それらの声に反してさらにmacOSアプリをLiquid Glass化していくアップデートをこのApple Creator Studioで発表してきました。
自分はこの一連の流れを受けて、昨年考えていた考察をより一層深ぼることができたので、今回はこのApple Creator StudioにひそむAppleの狙いというものを考察していこうと思います。
- 前提:Liquid Glassとはなんなのか?
- ツールのLiquid Glass化にひそむ狙い
- アプリアイコンの個性が失われたわけ
- だから、サブスクリプションモデルだった
- 今後起こること、そして残る課題
- まとめ
前提:Liquid Glassとはなんなのか?
まず話を進める前に、Liquid Glassとはなんなのか?という点について僕なりの解釈をお話ししておこうと思います。
詳しくは昨年のブログにまとまっているのでこちらをご覧ください。
大事なこととして繰り返し強調しているのはLiquid Glassがコンテンツファーストを体現するためのデザイン言語であるというところなのですが、今回はもう少し抽象度を上げた言葉として定義してみようと思います。
それはLiquid Glassとは、AppleがAI時代のUIを再定義する営みである、という解釈です。
この解釈について、この記事ではApple Creator Studioの話を通じて深めていきたいのですが、ひとまず現時点でこれがどういうことかというのをもう少し説明しておきます。
そもそもUIとしての表現、これに関してはAppleがiOS7以降導入したフラットデザインで一定完成形に達していたのだ、というのがこの解釈の前提にあります。フラットデザインとはそもそもスマートフォンなどの平面的なデバイスに人類が慣れてきた結果、写実的な表現はもう必要ないよねという思想で出来上がった物ではないかと考えています。それがさらに時を経て成熟してきて、フラットデザインの中で工夫することはまだ追求の余地がありますが、ある意味全体を統一するデザイン言語としては完成形になっていたのだと思います。
それをAppleはまずApple Vision Proという新しいデバイスのパラダイムの中で崩す必要性に迫られ、さらにAI時代に一歩踏み込んでそれまで完成していたデザイン言語をLiquid Glassという新しいもので崩すという動きに出ました。これが特に親和性を持たせるのが難しかったmacOS界隈で主にLiquid Glassをはじめとする新しいデザインが嫌われている要因かなと思います。
Appleほどデザインを大事にしている企業であればこの反発は予期できたものかなと思います。ですが、あえてそこで踏み切った。
そこに自分は「再定義」という営みを感じているのです。
ツールのLiquid Glass化にひそむ狙い
ここからが本題です。ではツールのLiquid Glass化はどのような狙いがあるのでしょうか?
これはLiquid Glass自体の狙いを考えれば容易に想像できます。コンテンツファースト、すなわちできる限りコンテンツを目立たせるということです。
そのため、Pixelmator Proなどが特に顕著ですが、ツール群のUIがかなり領域としては小さくなり、編集している画像が全面に広がるような状態になっています。

たしかにこれはコンテンツが目立ちますね。ですがこれにはある強烈なデメリットも伴います。
それが「手で」このツールを操作しにくくなる、ということです。
このツール単体で見ればこれはかなりのデメリットです。なぜならこれらのツール系アプリは「手で」画像を編集する使いやすさを追求しUIが組まれてきたわけですから、単純に見れば改悪以外の何者でもありません。
ですが自分はこれには少し違う見方ができるのではないかなと思いました。
先ほどから意図的に「手で」と強調して書いていますが、では手以外の手段だとどうでしょうか?例えば「声で」とか。
そうすると途端にツールのUIが邪魔に思えてくるはずです。声で、すなわちAIに指示して操作する時はいちいち「画面右側の上から2番目のブラシツールを使ってこう編集して」と具体のHOWを指示するわけではないですよね。集中したいのは編集の対象をどう変えるかのはずです。
実際Claude Code, Claude Coworkなんかもそうです。最終的に操作するためにシェルのコマンドをAIが実行していることが多いわけですが、人間が指示する時具体的に「Pythonスクリプトを書いて」だったり、「sedコマンドを使って」などと指示するわけではありません。人間から目的ややりたいことを聞いたAIがHOWをいい感じに選択して勝手にやってくれるわけです。その時具体のコマンドが見える必要は基本的にはありません(もちろんrm -rf /とかされたら困るので適宜確認のフローはありますが笑)
このパラダイムシフトをGUIで起こそうとしているのが、まさにコンテンツファーストであり、Liquid Glassなのではないでしょうか。そのためツールが手で使いにくくなったという批判はこの考え方に立つとさして重要ではありません。それよりも手以外の方法でも目的を達成できるようになることの方が大事なのです。
アプリアイコンの個性が失われたわけ
つづいて一歩引いてみて、アプリアイコンについてもみてみましょう。こちらについても少なくとも自分のタイムラインではかなり批判的な声が大きいです。 それもそのはず、今回Apple Creator Studioに取り入れられたアプリはどれもmacOS上で写実的な美しいアイコンを持っていたものばかりで、ファンが多かったわけです。それがアイコンのLiquid Glass化で元来持っていた美しさを失っただけでなく、すべてのアイコンが似たような表現になってしまい、個性を失ってしまいました。

たしかに個々のアイコンに着目すると悲しむべき出来事かもしれません。ですが、これもAppleの強烈なデザイン思想が反映されたものだと思うのです。 どういうことでしょうか?
あらためてコンテンツファーストという言葉に立ち返ってみましょう。
コンテンツに、集中する。
これをアプリの枠から出たところで考えた時に、どういったことが考えられるでしょうか?
AI時代以前、いや、今もそうかもしれませんが、人類は次のように考えてきたと思います。
- スライドを作りたい。だからKeynoteを使おう。
- 動画を作りたい。Final Cut Proもあるけど、やっぱりAdobe Premireが使いやすいからそっちかな。
- iOSアプリを作りたい。Xcodeを使おう。
何か作りたいと思った時に、能動的にアプリを選択するわけです。能動的に選ぶからこそ、使い心地によって選ぶ余地が生まれ、より使いやすいアプリが選ばれてきたわけです。
ですが、これらの文章を少し抽象化してみると、次のような構造が見えてきます。
- 何か(コンテンツ)を作りたい。だからアプリ(HOW)を使おう。
そして先ほど分析した通り、Liquid Glassを通じたコンテンツファーストとはこのHOWの重要性を意図的に下げる営みです。
すなわちこの考え方に立った時、アプリが目立つ必要はない、むしろ目立ってはいけないのです。
この考察は以前の記事でも、OSとアプリの境界が融けていく、という表現で話していました。

ではこの考えに立つとどのようなワークフローが実現されるでしょうか?
まずユーザーはあるスライドを作りたいと考えます。するとAIがスライド制作に最適なアプリとしてKeynoteを立ち上げます。Keynoteで編集しているなかで画像の調整が必要になりました。そこでAIが今度はPixelmator Proを立ち上げます。
最初のインパクトを出すために動画を作るのもいいかもしれません。Final Cut Proが立ち上がりました。動画に統計を表示するのも有効でしょう。今度はNumbersが立ち上がります。BGMも大事ですね。じゃあLogic Proです。
一見すると先ほどの例と起こっていることは同じかもしれません。ですが、各アプリを立ち上げているのが人間ではなくAIであるというのが重要です。
このワークフローでは人間はアプリを選ぶ必要がないのです。であればアイコンを覚える必要もありませんよね。
さらにこのワークフロー中もし各アプリが独特のUIを持っていたらどうでしょうか?ユーザーはその度にコンテキストスイッチを視覚的に強いられてしまい、疲弊してしまうかもしれません。でもLiquid Glassで統一されていて、UIの存在感が薄れていたとしたら?ユーザーが見ているのは常に自分が作っているコンテンツということになります。
これこそがまさに、コンテンツファースト、なのです。
だから、サブスクリプションモデルだった
ここまで考察してきた思想は今回のAppleの売り方にも強烈に表れていると自分は考えています。
今回採用されたアプリはそもそも全く別のものとして売られているものです。
KeynoteやNumbersなどのオフィス系アプリはデフォルトインストールですし、Final Cut ProやLogic Proは個別に売られているものです。
もちろんこれまでもクリエイティブのセット売りとしてFinal Cut Pro、Logic Pro、MainStageなどの動画・音楽系アプリがまとめて売られることもありましたが基本的にはこれらは独立でした。
そのため逆に言えば、その領域の制作に興味のない人は持っていないことが普通だったわけです。
同じ売り方を続けていれば、今後もそこは変わらないでしょう。
ですが、今回そこをあえてサブスクリプションとして一挙にまとめて売り出しました。するとこのサブスクに契約したユーザーのMacはどのようになるでしょうか?
もちろんストレージの制約で意図的にアプリを絞る人は出てくるかもしれませんが、基本はこれら全てが揃っていることになりますよね。すなわち、そのMacでの表現力というのがこのすべてのアプリで扱えるものに広がるわけです。
もう少しわかりやすいように具体を考えてみましょう。例えば動画制作が趣味でFinal Cut Proだけ購入しているユーザーがいたとします。
その人のMacにはPixelmator ProもLogic Proも入っていません。話をわかりやすくするためにその他の画像編集・DTMソフトも入っていないとしましょうか。
その人が誰かから素材をもらって、映像制作だけ楽しんでる分にはそれでもいいかもしれません。ですがAIを使って少しチャレンジをしてみたくなった時、どうでしょうか?
AIにこんな指示が飛びます。
「この動画に合いそうなオリジナルの音楽をつけて、あとYouTubeに上げるためにいい感じのサムネも欲しいな。」
AIはおそらくこう答えるでしょう。
「このMacに音楽制作や画像編集できる機能はないのでできません。」
このように、人が制作して、分業している限り生まれなかった「一つのパソコンの表現力」という概念が、AI時代になって如実に表れてしまうようになったのです。そしてそれを決定づけるのはアプリの存在です。こうなった時、解決法は新しいアプリを買う、インストールする、しかありません。
でもサブスクリプションですべてのアプリが入っているならば、こんなことを考える必要はないです。たとえ普段使わなかったとしても、アプリさえ入っていればそのMacの表現力は入っているアプリすべてでできることになるわけです。だから先ほどもあげたこのようなワークフローが実現できる。
まずユーザーはあるスライドを作りたいと考えます。するとAIがスライド制作に最適なアプリとしてKeynoteを立ち上げます。Keynoteで編集しているなかで画像の調整が必要になりました。そこでAIが今度はPixelmator Proを立ち上げます。 最初のインパクトを出すために動画を作るのもいいかもしれません。Final Cut Proが立ち上がりました。動画に統計を表示するのも有効でしょう。今度はNumbersが立ち上がります。BGMも大事ですね。じゃあLogic Proです。
これこそがAppleの狙いなのではないかと思います。
今後起こること、そして残る課題
さて、ここまでLiquid Glassのみを軸に話してきましたが、自分がここまで語ってきたことにはもちろんApp Intentsの存在も欠かせません。
おそらくサブスクの有無でアクセスできると謳っている「パワフルなインテリジェンス機能」というのの中にはこういったことも含まれているのではないか?と予想しています。
するとどうなるかといえば、Claude Codeなどのコーディングエージェントの登場によって、数多くのエンジニアがフルスタック化していったことがコンテンツ制作についても起こることになります。Apple Creator Studioが完全な形となれば、という条件付きではありますが、すなわちコンテンツ制作に関わるあらゆる人が「フルスタック化」していくのではないかというのが自分の予想です。
一方でその道のりにはまだ課題があるとも自分は考えています。例えば今回のFinal Cut ProやLogic ProのUIを見てみましょう。


触ったことがある人はわかるかと思いますが、現状のUIとほとんど変わっていません。もちろん細かい部分で機能追加や変更はあるかもしれませんが、基本的な部分が変わっていないのです。
macOSにLiquid Glassをはじめとした新デザインが導入されることに反対の立場に立てばこれはAppleに残った最後の良心のように考えられると思いますが、一方で自分はこれをAppleが今回力及ばずだったところなのではないか?と考えています。
そしてどうしてこんなことが起こったかといえば、おそらくこれらのアプリはコンテンツとUIが結びつきすぎているから、と考えられるのではないかなと思っています。コンテンツを重要視すると自然とUIも残さざるをえない、ある意味それは好意的に見ればUIの存在感が消え去ったUIの究極系であり、一方でそのUIに慣れない人を排除してしまう装置になってしまっているともみれてしまいます。
そのため今後どう発展していくかはわかりませんが、自分が先ほど書いたような未来像には一定こうしたどうしてもUIとわかつことのできないコンテンツたちをどう扱いやすくするのか?というのが一個の壁になってくるのかもしれません。
まとめ
というわけで今回はApple Creator Studioを軸にAppleの考えているデザインの未来像を考察してみました。
これらは個別のアプリごとに見ればあまりうまみのないアップデートです。ですが、Appleはあくまでプラットフォームを作る会社です。Mac、もっと言えばAppleプラットフォーム全体をデザインする、という行為として考えればAI時代において順当にイノベーションを起こそうとしているとみることができるのかなと思いました。
さて、そこでみなさん。最後にこんな問いかけでこのブログを締めてみようかと思います。
ここまで考えてきた思想があるかもしれないLiquid Glassが採用されたこれからのAppleプラットフォームで、みなさんはどうアプリを作りますか?
Goodpatchではデザイン好きなエンジニアの仲間を募集しています。 少しでもご興味を持たれた方は、ぜひ一度カジュアルにお話ししましょう!